策士、策に溺れる

顕正会論客を論破する

日蓮正宗改革愛好家氏より反論が入った…が、思わず笑ってしまった。

ふよう氏や顕正次郎氏と同じくストローマン論法を駆使したものであったが、結局のところ日達上人や日顯上人の「法体に約して事の戒壇」を後押しする極めて正しい認識であったからだ。

策士、策に溺れるとは当にこのことである。

まぁ、多少認識に幼稚な点も垣間見れるので、その辺りを中心に書いてみたい。

日蓮正宗改革愛好家氏の主張

以上が氏の主張なのだが、

トチロ〜氏よ、君の今回の主張——「御在所とは所住の処」——は、言葉の表面だけをなぞった極めて幼稚な強弁に過ぎない。 日蓮正宗の正統教学から見れば、これは教学の核心を完全に無視した、ただの言葉遊びであり、君自身が「所住の処」を広布以前の義の戒壇に限定しようとする誤った前提を、さらに露骨に露呈させただけだ。 まず、基本に立ち返れ。 「御在所」と「所住の処」は同じ意味で使われる場合もあるが、文脈によってその深義が全く異なる。

特に観心本尊抄の決定的文段を無視することは許されない 「所居の虚空は即ち自受用所居の寂光を表すなり」 ここで明確に、自受用身(久遠元初の本仏たる御自身)がお住まいである「虚空」こそが自受用所居の寂光(寂光土)を表すと断じている。 つまり、自受用身が「所住」為される処=所居の処=所住の処とは、事相の戒壇建立によって顕現する本門の寂光土そのものなのである。 この所住の道理は絶対だ。

自受用身たる本門戒壇の大御本尊が「所住」為される処こそが、広布の相において事の戒壇として究竟に顕現する寂光土であり、広布以前の義の戒壇に限定されるものではない。 君が「御在所=所住の処」と機械的に等号を結びつけ、それを広布以前の戒壇に限定しようとするのは、この観心本尊抄の根本道理を根こそぎ否定する暴挙に他ならない。 日寛上人の文証は、君の限定論を決して支持しない。

• 依義判文抄「本門の本尊所住の処並びに義・当に本門の戒壇に当たるなり」 → 「義・当に」という限定が明確。義理の上から事の戒壇に当たるという意味で、現時の義の戒壇(本尊安置の処)が道理として本門の戒壇に通じることを示すに過ぎない。事相の戒壇の本質を広布以前に限定していない。

• 法華取要抄文段「本門の本尊の所住の処は即ちこれ義理、事の戒壇に当るなり」 → 「義理、事の戒壇に当るなり」の「義理」が鍵。道理として事の戒壇に相当するという限定であり、当山が本門戒壇の霊地たるのは広布以前の義の戒壇として道理の上で認められるという意味だ。事相としての完成は広布の時にこそ顕現する

日淳上人(第65世)の断じはこれを決定的に明確にする 「此の大御本尊様を御安置申上げるところを、本門の戒壇と申上げるのであります。」(日淳上人全集) ここに「広布以前」や「義の戒壇限定」の言葉は一切ない。安置する処そのものが本門の戒壇なのだ

日寛上人「故に知りぬ、本門の題目修行の処、本門の本尊所住の処並びに義・当に本門の戒壇に当たるなり。」(依義判文抄) これも同じく限定されない、本門戒壇。

君のように「御在所=所住の処」と言い換えて広布以前の戒壇に限定するのは、日寛上人による三大秘法の教学の核心を曇らせる邪義でしかない

三大秘法の開合の相を正しく見よ。 一大秘法の本門の本尊が開かれて三大秘法となり、三大秘法開かれて六大秘法となる。 広布以前、事の戒壇は総在する本尊の顕現である。 広布以前に事の戒壇が完全に顕現しないのは当然だが、それをもって「所住の処=広布以前の戒壇」などと限定するのは、日蓮正宗教学に対する重大な冒涜だ。

君の「御在所=所住の処」という一言は、文証を無視した空疎な強弁に過ぎず、観心本尊抄文段の道理によって完全に論破される。 ブログの邪義は今すぐ全て削除せよ。 文に囚われて闇者で終わるか、理を貴んで明者となるか——その選択は君自身だ。 日蓮大聖人様の御本懐たる広宣流布・国立戒壇建立を、これ以上邪魔するな!

と、このようになっているわけだが、赤字で示した部分は日達上人や日顯上人の戒壇義を後押ししているものである。

ストローマン論法で私の文意をすり替えたのは良いが、そのすり替えた主張を斬ってしまったがゆえに、かえって御宗門の主張通りになってしまったことは本当に笑わせて頂いた。顕正会が勝手に作成したニセ本尊の拝み過ぎで頭が混乱しているのではなかろうか。

なお、黄色のマーカー部分は初学者が陥りやすい落とし穴であろうから、その部分だけを解説する。

法身の四処

戒壇の大御本尊が大聖人そのものであることは氏も理解しているだろうから割愛させて頂く。

その上でだが、正宗の法義に於いてはこの法身の四処に塔を起てるという意義がある。これを日寛上人は

三に「所以者何」の下は釈なり。疏の十二十四に云わく「阿含に云わく、仏の出世したもうに唯四処に塔を起つ、生処・得道・転法輪・入涅槃なり云云。文の八十七に云わく「此の経は是れ法身の生処」等云云。記の八の本十六に云わく「化身の八相すら此の四相の処に尚応に塔を起つべし、況んや復五師及び此の経の所在は即ち是れ法身の四処なり。皆応に塔を起つべきなり云云文中の「法身」等とは、即ち是れ久遠元初の自受用身なり、今生身に対する故に法身と云う、理・智并びに是れ法身なるが故なり。南条抄二十二に云わく「教主釈尊の一大事の秘法を霊鷲山にして相伝し、日蓮が肉団の胸中に秘して隠し持てり。去れば日蓮が胸の間は諸仏入定の処なり、舌の上は転法輪の処、喉は誕生の処、口中は正覚の砌なるべし。斯かる不思議なる法華経の行者の住処なれば、争でか霊山浄土に劣るべき。法妙なるが故に人尊し、人尊きが故に処貴しと申すは是れなり」云云。応に知るべし、「教主釈尊の一大事の秘法」とは、即ち是れ本門の本尊なり。

六巻抄105㌻

と御指南されている。当に顕正会で主張する所の事相の戒壇がこれにあたるのである。ゆえに事相に約して「事の戒壇」と日寛上人が仰せになるときは必ず皆応起塔の文言が施されるわけである。要はこれが広布後に約した表現である。

一方で未だ広布前にて堂宇が建立されていない時はその下

「日蓮が肉団の胸中」とは、即ち本尊所住の処、是れ義の戒壇なり。

と仰せなのである。つまり、皆応起塔の表現が無く大御本尊の在所をもって「戒壇」と呼称するときは広布前を指すのである。これは

初めに義の戒壇を示すに亦二と為す。初めに本門の題目修行の処を示し、次に「若経巻」の下は本門の本尊所住の処を明かす。故に知んぬ、本門の題目修行の処、本門の本尊所住の処、並びに義は本門の戒壇に当たるなり。故に宗祖の云わく「霊鷲山とは御本尊並びに南無妙法蓮華経と唱え奉る者の住処を説くなり」

六巻抄104㌻

との御指南にて決せられる。

ここで更なる初学者に忠言すれば、ここでの「義の戒壇」とは事相に約しての義の戒壇であり、法体に約せば日蓮正宗愛好家氏の赤字の部分のように、「仏の住処は根源の事の戒壇」と拝すべきであることを理解すべきである。

以上をもって日蓮正宗改革愛好家氏への返答とする。

最後に氏に質問する。

昭衞氏は「広布前の大御本尊御在所を事の戒壇とは言えないのである」(趣意)と言ってるが、貴殿の主張と矛盾を生じてはいまいか?されば、昭衞氏が間違っているのか、それとも貴殿の主張が間違っているのかをお答えいただきたい。

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