大白法に苦言を呈する!

サルでも分かる顕正会問題

昨日私の菩提寺より2/1号の大白法が届きました…。

ザッと流し読みしたんですが、最後の「異流儀破折」まで来て「なんじゃこりゃあ!!!!」と思わず叫んでしまった…。

50代以上だったらこれだけですぐに脳裏に映像が反映されるかと思うんですが、若い人達には何のことかサッパリ分からんだろうから、「なんじゃこりゃあ!」が分からない人はこれを見てね💕

動画の頭出しが出来なかったので、ちょうど1分くらいからの優作さんのリアクションが当に今回の大白法を見た瞬間の私の姿そのものだったんですよ…。

でね、優作さんの後には鈴木雅之さんになってしまったのよ…。

元顕正会員の人だったら私が何を言わんとしているか分かるよね?あまりにも酷いでしょ?これを書いている人は誰だか知らんけど…、20年弱も信徒をしていればおおよその見当はつきますよ…。

私自身の今後の信心生活を考えるなら見て見ぬふりをしておくのがベストだね…。トチロ~は大謗法者だ!!!!って宗内に喧伝されて、10年以上かけて…、すっげえ苦労してここまで立ち直ってきたんだけどさ、もう一度振り出しに戻ってまた一から始めなきゃならないって…、正直しんどいよ…。

けどさ、やっぱ間違いは間違いなのさ。

これを見て見ぬふりをしてスルーなんてしたら顕正会の息の根を止めるのは何十年か先延ばしになるわな…。それが大聖人様の御意か?

…んなわきゃないよね。だからさ、あえて言わせてもらうよ。気分悪い奴はここでサイトを離れてちょうだい…。別に読まんでもいいからさ…。てめえの価値観でガンガンやりたいようにやればいいさ。それが顕正会員の気持ちを逆なでして逆に帰伏する人間を減らすことになっても、それは君らが罪業を積むだけだからいいいんじゃねえの?

まぁ、どうでもいいわ…。

僕はね、愛すべき純真な顕正会員を一人でも多く救いたいのさ…。顕正会に居たからこそ、そこには多くの純粋無垢な愛すべき人が残っていることを知っている…。そんな彼らを一人残らず救いきることが僕の使命だと思っている…。だからね、つまんねえ見当違いの破折もどきでそれを邪魔されたくないんよ。

とりあえず回答だけしとくわ…。

3段目最終行~4段目1行目

これの根拠を執筆者には示して頂きたい。それが出来ないなら謝罪文書を次号で掲載すべきだと思う。それが無ければ大白法の信用は失墜するものと思う。

僕のこの駄文はあと数十年もすればこの世から完全に消滅することだろう…。けどね、大白法のような公式文書は何十年何百年経っても残るもんだろ?後世の人々はその残された資料のみをもって顕正会とは何だったのかを知るんだよ。それにね、僕のこのブログなんざ良いとこ何百人しか読まないから影響もそれしか与えないよ。だけど大白法は違うだろ?現時点でも80万人からの人々がこれを読んで、そこに書いてあることを真実だと盲信するんだよ!その重みをもっと考えて書けっちゅうの!

とにかくさ、日蓮正宗は正々堂々だと僕は信じている。だったらケジメをつけないと洒落にならんよ。

僕らがいくら頑張って顕正会員を折伏しても公式文書がこれだったら、その時点で見くびられるんですよ。頼むからこれ以上足を引っ張らんでくれ!心からお願い申し上げます。

最後になりましたが、これは私トチロ~の個人的意見であり、文句があったらメールフォームで直接言って頂きたい。御住職様は一切関知していないので坊に文句は言わないで欲しい。ってか、間違っているのは大白法なんだから文句を言う筋合いはないわな…。(笑)

とにかく公式文書なんだからもっと気合い入れて書いて下さいね。

コメント

  1. 雲羽百三 より:

    こんにちは。

    間違っている箇所というのは、「浅井会長が宗門に所属していたのは、二十数年ほど」という部分ですか?

    浅井会長が妙信講員としてスタートしたのが、確か25歳くらいでしたね?
    そこからカウントすれば、除名までの期間の辻褄は合うと思います。

    ということはつまり、筆者はそれ以前の事を完全にスルーしているというわけですね。
    だとすれば、まだウィキペディアからコピペする方がマシってことにはなります(16歳で本格的な信心に目覚めた旨の事が書かれています)。
    櫻川さんの著者にだって、浅井会長が10代から信心している描写がありますしね。

    • トチロ~ より:

      そうなんです。

      元々顕正会に籍を置いていた人ならば決して間違えようはない事がらなんですが、活字になった資料だけで顕正会を批判しようとするとこうなってしまうという見本のようなものだと私は感じました。

      批判の為の批判で良しとするならばこれもアリかと思うのですが、顕正会員を改心せしめ、かつ正法にて今後信心していきたいとの決意を為さしめ、そして実際にお寺に足を運んで御受戒まで受けさせるというのを目標としているならば、もっと違ったやりかたになると思うんですね。

      雲羽さんが顕正会を離れて日蓮正宗で信心しようと決意したのは、そこに「愛」があったからではないでしょうか?

      非喫煙者の雲羽さんを喫煙者3人で取り囲んで煙モクモクの中でお話しさせて頂いても、雲羽さんが私たちのお寺に来ようと思ったのは、私たちの溢れんばかりの愛をそこに感じたからだと私は自負しております。

      今後本気で顕正会の息の根を止めようと思っているならば、やはりそこは改めて考えるべきところだと思って今回は記事にさせて頂きました。

      • 雲羽百三 より:

         返信ありがとうございます。

         「愛」はありましたね。
         少なくとも、妙観講よりはあったと思います。
         だけど、その考えは危険です。
         何故なら、「愛」はいつかは冷めてしまうもの。
         早いか遅いかだけです。
         そして私の場合、案外早く冷めた為に、離檀する形になったわけですよ。

         今の私が顕正会員にできることは、彼らにも反論する機会を与えてあげること。
         私は“慧妙”や“大白法”の間違いを顕正会員に教えてあげて、彼らにも反論させてあげる機会を作ってあげようと思っていますよ。
         最近の法華講ガチ勢は天狗になっている所があるようですから。
         反論できない部分を、ガチ勢が見下している顕正会員に言われたらどういう反応をするのか楽しみですよ。

タイトルとURLをコピーしました