顕正会の破門について

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顕正会 浅井昭衞さん最大のすり替え

前回ご説明したように、大聖人様は「同門内における怨嫉並びに争いは御法度である。」ということを仰せになっているのですね。 しかし、これは浅井さんにとっては非常に都合が悪い…。 なぜなら破門された理由が当にそれなんですから…。 ...
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顕正会 浅井昭衞流「松野殿御返事」

今から5年前に浅井さんは松野殿御返事の御書講義をなし、それを一冊の書籍として会員に販売いたしました。 その中に先日の門内摂受に引用された一節が含まれるのですが、その解釈はいつものごとく浅井さんにとって都合よく改変されたものでした。...
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門外折伏・門内摂受

浅井さんの除名処分の最大の理由は破和合僧なんです。 たとえ自身が正論を主張する立場であったにしても同じ信徒間において争うというのは御法度なのです。 ましてや法の上から身分の上下が定められている御僧侶に在家が攻撃するなどあってはな...
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妙信講(顕正会)への日達上人からの手紙

それでは昭和47年7月1日の日達上人から浅井さんへ出された手紙の全文を紹介いたします。 **************************** 昭和四十七年七月一日 一、貴殿の宗務院の通告に対する回答を拝見した。ここ...
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顕正会(妙信講)本当の破門理由

浅井昭衞さんの間違いはどこにあるのか? 結論から申しましょう。 浅井さんの主張は確かに間違ってはいなかった。しかしながら、その主張をなすために力をもって同じ信徒の立場である学会を攻撃し、それを制止しようとする御法主上人ならび...
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信徒として守るべきこと(顕正会 浅井昭衞さんの誤り)

妙信講の破門直前の状況について少し書かせて頂いたわけですが、改めて当時のことを見てみると、浅井甚兵衛さんならびに浅井昭衛さんは何とも大変な時代に講中をけん引していく講頭や認証幹事を務められていたのだなぁと本当に気の毒に感じてしまいました...
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妙信講(顕正会)空白の一年

正本堂が建ちあがり、再び妙信講の騒動が起こる昭和49年5月までの一年強というものは特に目立ったこともおきずに穏やかに時間が流れたように見えます。 しかしながらその間に松本さんから妙縁寺の御本尊様を譲り受けたり、本部会館建設等を...
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正本堂建立時と建立後の意義づけ

前回私は「広宣流布以前に御遺命の戒壇を建ててはいけない!」というのが妙信講(顕正会)の一貫した主張であると述べました。 これは正本堂が建ち上がる前は、 「現在建設中の正本堂は御遺命の戒壇として建てているのではない。」 とい...
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妙信講(顕正会)の主張の要点

物事は余計なものを削って単純化して考えると分かり易くなるものです。 そもそも妙信講(顕正会)の主張というのは、 「広宣流布以前に御遺命の戒壇を建ててはいけない!」 この一言に尽きるのです。 これは全くの正論であり、こ...
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妙信講(顕正会)の主張は全て誤りか?

さて表題の件ですが、もともと顕正会に在籍していた人たちは顕正会を全否定したいと思う気持ちが強いようです。 それがゆえに浅井さん達が妙信講時代から主張してきたこともまた全て否定的な眼鏡でみて批判しているような印象をうけます。 ...
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