切れ味鋭い顕正会破折とは

戒壇論

顕正会の息の根を止めなくてはいけないのになかなか止まらない…。

これって何が原因か分かりますか?

要はポイントがずれまくってるんですよ。柔道で言えば絶妙なタイミングで入って相手の一番弱いところをピンポイントで攻めれば一本勝ちできるのに、さして弱くもないところを一生懸命に攻めて力でねじ伏せようとする…。これが現在の大多数の方の折伏ではないでしょうか?

こんなことでは効果や有効は取れても絶対に一本勝ちは出来ないです。

結論から言えば

「顕正会は御遺命を命がけで護り奉ったがゆえに死罪に等しい解散処分を受けた。」

これが彼らのスタートであり、そして全てなのです。

ゆえに

「戒壇建立の御遺命とは何か。」

「それがどの時点で破壊されたように見えたのか。」

「実際にそれは破壊されたのか否か。」

「妙信講が破門される法義的理由はなんなのか。」

この4点を事実に基づいて素直に正直に説明して上記の彼らのスローガンが誤解であることを認識させてあげれば心ある顕正会員は必ず納得するものです。

それが出来ないというのは、こちら側に問題があるのです。厳しいようですが「勉強不足」と「思考してない」結果としか言いようがありません。

対顕正会の問題点

昨今の戒壇論の乱れは一見顕正会を攻撃しているように見えても実は日蓮正宗古来より伝わる戒壇建立の法門を貶め、その意義を消失していってしまうものになります。
 
 
 
これは浅井さんが破門以前から主張している「御遺命破壊」を現実のものとして証明してしまうことになり、顕正会の背中を押すことになってしまうのです…。
 
 
 
本来日達上人の「国立戒壇の放棄」の御指南は言葉の否定はしているものの、「御遺命の戒壇」の意義はそのまま堅持するものであることは誰しも納得するものであるかと思います。そして文面を拝察すれば「時代の情勢を鑑み積極的に戒壇建立の御遺命を表に出しての布教は当分の間控える。」との意を行間から読み取れます。実際にそれに合わせて現在の日蓮正宗の姿勢があるわけですが、その隠されている間に「戒壇建立の御遺命」の意義が変質してしまったり消失してしまうことを日達上人は良しとしないと私は思います。
 
 
 
 
すなわち「敢えて表には掲げないが御遺命の戒壇の意義は正宗僧俗の中で脈々と受け継がれている。という実態があってこそ昭和45年の日達上人の宣言は生きてくるわけですし、浅井さんの主張やその後の態度を全て一刀両断に粉砕出来る必要条件なんだと私は思っています。
 
 
 
しかしながら現在の若い世代の戒壇論は戒壇建立は御遺命ではない。」「御遺命の戒壇建立の条件は世界広布である。」「そもそも戒壇建立の法門は要法寺から入ってきた邪義である。」等々本来の大聖人様の御意とは相当にかけ離れたものになってしまっているかと思います。今まである程度は片目をつぶって傍観してはおりましたが、このままではどこまで外れていくのかとの心配と、純粋な顕正会員を本気で救うのなら敢えてこの問題に切り込まなければいけないとの想いで筆を手にした次第です。
 
 
 
Twitter上での私の発言や前回の記事に関して不快感を露わにされる法華講員の方が多いようですが、「本気で顕正会をぶっ潰そうと思っているなら先ずは我が身を省みよ。」と私は申し上げたく思って居ります。

戒壇建立の御遺命の意義

まだまだ書きたいことはあるのですが、「あまり長くなると読む気も失せる。」との御忠告を友人から頂きましたもので、戒壇建立の意義について御指南遊ばされた日亨上人のお言葉を紹介して本日は終わりにしたいと思います。

 

なお顕正会に悪用されることを避けるため引用元は省略させて頂きます。勉強している法華講員ならば瞬時にそれが何処からの引用かを察することが出来るかと思いますので全く問題はありませんでしょう。(笑)

 

 

「宗祖の念頭には、個人の佛教に非ず、久遠本佛の大慈悲は国家の佛教なる故に、政治と信仰を一体としなくては国家の荘厳浄土化は出来ぬと思って居られた。」

 

 

 

「宗祖が戒壇(法)に事・理を立てられたのは国家成佛を成し遂げんがためなり。」

 

 

 

「日本国は日本国だけ広布して富士山に佛都建設するのが宗祖の御意なり。」

 

 

 

現役顕正会員ならびに元顕正会員においては違和感なく拝せるお言葉かと思います。

 

たぶん「顕正会員に知恵を与えるとはけしからん奴だ!」とのお叱りを受けるかもしれないので前もって言っておきますが、これらの日亨上人のお言葉と後代の御法主上人の御指南は全て整合性をたもつことが可能です。すべての御法主上人の御指南の整合性をたもち、どの御指南も否定することなく会通するのが日蓮正宗僧俗の能力でもあり、それが出来ないというのはこれもまた自らの能力不足を恥じるしかないものと思います。

 

上記のお言葉があったとしても「顕正会は誤りであり、日蓮正宗に咎は一つもない。」と私は声を大にして言い切ります。それに関しては次回以降に…。

 

 

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