3 「人法一箇」とはどういうことですか。

『ニセ本尊』破折
学会のニセ本尊に対する御宗門の破折書です。

 

「人法一箇」とはどういうことですか。

 

「人法一箇」とは、日蓮大聖人の顕された大御本尊は、人・法の名称は異っても、その体は同じであるということです。

 

「人」とは、人の本尊たる御本仏日蓮大聖人のことであり、「法」とは、法の本尊たる事の一念三千、南無妙法蓮華経の御本尊です。

 

日寛上人は『文底秘沈抄』において、三大秘法の「本門の本尊」を、人・法の二つに開かれ、人本尊は「久遠元初の自受用報身の再誕、末法下種の主師親、本因妙の教主、大慈大悲の南無日蓮大聖人」(六巻抄四八頁)であり、法本尊は「事の一念三千無作本有の南無妙法蓮華経の御本尊」(六巻抄四三頁)であると指南されています。

 

この人・法の本尊は、「人は即ち是れ法、自受用身即一念三千なり、法は即ち是れ人、一念三千即自受用身なり」(六巻抄五四頁)と指南されているように、人法一体の御本尊なのです。

 

『御義口伝』にも「本尊とは法華経の行者の一身の当体なり」(御書一七七三頁)と仰せられ、この御本尊が大聖人の当体そのものであると教示されています。

 

(「ニセ本尊」破折100問100答 26~27ページ)

 

 

管理人より顕正会の皆さんへ

 

戒壇の大御本尊様は生きておわする大聖人様であると拝していくのが日蓮正宗の考え方であり、これは顕正会でも同じだと思うのですね。

 

であるならば、一日も早く戒壇の大御本尊様に御挨拶に伺うのが強信者の務めではないでしょうか?

 

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昭和30年代当時の紙を再現するところまでは、さすがの浅井さんでも不可能だったのです。

 

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